[ 1/24/2017 ] Labels: 95.Video & Study1
--前置き(introduction)--
近年の技術進歩のおかげで、楽器の神秘的な響きについても、一般に市販されている測定機器やカメラを利用してある程度の科学的アプローチが可能な時代になっています。
とくにチェロについては、表現できる周波数範囲が、通常最低音C(66Hz)から数百Hz程度であり、低周波数振動についてはスローモーション動画も十分に撮影可能です。
奏者によってチェロの一つの音が発音された時、楽器内部では実際にきわめて複雑な振動が生成されます。振動自体が木や金属の中で伝播する速度は極めて高速であり、ほとんど瞬時に伝わると考えて良いのですが、実際には弦が振動を開始し更に表板などが物理的に大きな振動を行うには若干の時間が必要と思われます。しかしその時間もせいぜい10~20ミリ秒と考えてよさそうです。
つまり私たちの感覚としては、弦に与えた刺激はほとんど瞬時にエンドピンの先端に届いていると考えるのが正解のようです。
音声マイクを使って測定する場合、測定している音は楽器から発生する様々な音波が合わさっていて、測定位置(マイクロフォン位置)での合算された波形でしかありません。実際の楽器の振動をとらえるためには楽器の各部分の振動を個別に調べて並べてみるしか方法がありません。この観点から言えば、接触マイク(壁マイク)が利用可能でした。接触マイクは強弱の絶対的比較には不向きですが振動の存在に対しては「パルス」のように検知でき、極めてセンシティブです。
弓を使って発音する場合、奏者の技量・弦の違い・松脂などにより発生する振動がきわめて大きく左右されます。そのためこの一連の測定では、極力'解放弦'のピチカートから生成される振動(残響振動)を中心に比較しました。
また、さまざまな測定を行う中で、チェロの響きまたは振動パターンに関して、チェロを構成する部材について次のグループ分けができるようです。
①チェロ胴体(表板top-plate・裏板back-plate・側板center-bouts・底板lower-bouts・魂柱soundpost・バスバーbass-barなど)
②ネック(neck)・渦巻き(scroll)・糸巻き(tuning-pegs)
③ブリッジ(駒bridge)
④弦(strings)
⑤テールピース(tailpiece)
⑥エンドピン(endpin)
[⑦床(FLOOR)]
とくに、⑤⑥⑦がチェロ胴体①へ及ぼす影響について着目して調査しました。大小の差はあるものの①~⑦の全てが何がしかの振動をしている(または振動が伝えられている、または関与している)が、実際実質的にサウンドを生成しているのはチェロ胴体のみです。
--エンドピン無しのチェロの響き--
(1)チェロ胴体
唯一、音を生成しています。想像を上回り表板などが高速に振動して空気の濃淡を作り出しているようです。
例えば最低音C(66Hz)では、基音振動は1秒間に66回の振動です。間隔は1秒÷66=15ミリ秒です。実際にはこの15ミリ秒の間に多くの振動が観測されます。魂柱経由で伝えられる裏板からの振動・弦からの多数の信号・それらの相互影響などの為です。この1周期中の振動数(ビート数)は実に刻々と変化します。
一般に、表板・裏板の中心付近では、3または2または1ビートで振動していますが、表板の上下端・側板などでは多数振動しています。色々なところから到来する振動がぶつかり重なっていると言えます。
わずかにずれる二つの振動が交差する時、多くの場合はパルスがお互いを横切るようにシフトして行きます。しかし僅差の二つのパルスを表現できない場合は、ちょうどウルフトーンのように、位相が打ち消しあって一瞬消失する場合もあります。
チェロにエンドピンを付けないで浮かせた状態で測定すると、表板は駒の直下付近を中心に大きく振動して、低音では例えば、4→3→2→3→2→1というように残響の中でビートが変化します。胴体が調和しながら自然に変化(推移)していきます。この自由で自然な変化こそが、自然な倍音を生み演奏時においては多様な表現を可能にするベースとなっていると考えられます。
よく作られた楽器では、弦や駒の振動が減衰した後でも、胴体部分の振動と残響が残るでしょう。
(2)ネック・渦巻き・糸巻き
基本的に、基音振動に対して1ビートで共振しています。
(3)駒
弦の振動を表板に伝え、逆に表板の振動を弦に伝えています。駒では表板とほぼ同様のビート・振動パターンが見られました。
(4)弦
与えられた刺激(基音)に対して、基本的に1ビートで振動しているようです。しかし実際に演奏者がボーイング演奏する時には1ビートの美しい波形を長時間維持することはおそらく稀で、多くの場合は雑音を含む多ビートとなっているでしょう。
(5)テールピース
駒とテールピンの間で弦と"テールガット"でつながっており、4本の弦を引っ張っていますが、与えられた音(基音)に対して独自の固定ビートで振動しています。この振動は極めて個性的で特徴的です。ただしエンドピン無しの場合、この機械的振動は駒には影響が及んでいないようです。
例えばC音(66Hz)に対しては非常に規則的な4ビートが見られました。測定データで見る限り2オクターブ上のC(263Hz)で振動しているとも言えます。(区別がつきません。)
(*6*)エンドピン
チェロを空中に保持したままエンドピンを装着した場合、エンドピンの先端は非常に大きく振動します。これは主にテールピース-エンドレスト-テールピン経由で伝えられた振動がエンドピンを共振させるためです。しかしこの場合(空中に浮かせている限り)、チェロ胴体への影響は比較的少なく、胴体優位の振動が保たれているようです。この時エンドピンは呼応する独自の振動ビートをとっています。いわばチェロに重いアクセサリーを取付けたような状態と考えることができます。
--モダンチェロの響き-- (チェロを床置きする影響)
チェロを空中に保持したままエンドピンを装着した場合、大きく振動しているのは、a.駒を含めた胴体の中心付近、b.上端のスクロール、c.エンドピンの先端、の3ケ所でした。ところが、演奏者がチェロを床の上に設置し、床がエンドピンの先端の振動を止めた時、状況は大きく変化します。
(1)弦に与えられた音振動は駒を経由して表板に伝えられます。同時にその振動は(主に)テールピース・テールガット・エンドレストを経由してエンドピンにも伝わっています。
チェロを床の上に設置するとエンドピンの先端の振動が止められるため、エンドピンの振動エネルギーはリバウンド(逆流)して、結果としてエンドピンではテールピンの若干下周辺が大きく振動するようになります。
さらにこのリバウンド振動は先ほどのルートを逆流してテールピースへ戻されます。楽器の部材の中でも本来脇役であったテールピースがエネルギーを得て、実際に駒の振動(さらに表板の一部まで)に影響していることが確認できました。
(2)弦と'テールガット'に両端を張られたテールピースは与えられた音振動の周波数に対して独自の規則的・機械的なビートで共振します。このビートはチェロ胴体に直接影響を与えていますが、テールピースを弁護するならば、それはいわば'poxy(代理)'です。原因はエンドピンの振動メカニズムの変化です。さらに真の原因は、床がエンドピン先端の振動を抑止することであり、演奏者がチェロを床置きすることに起因していると言えます。このエンドピンからテールピースまでのいわばアクセサリー部材の連携した共振が楽器の中で優位に立っているように見えます。
エンドピンは、材質・長さ・与えられる音の周波数によって異なりますが、基本的には独自の固定ビートをとっています。
(3)しかしもっと広い観点から言えば、チェロ胴体への影響は直接影響(上記)というより間接影響が重大であると考える方が正しいかもしれません。チェロ胴体は、上記の「アクセサリー連携」(固定振動がベース)に対して、'胴体全体'の振動を同様に均質・平坦化して共振して対応しているように思われます。この胴体全体の「均質化・平坦化」こそがモダンチェロの音色を作っている大きな理由と考えられます。振動の均質化によって自然な倍音が生み出されるチャンスは少なくなります。
(4)さらに、エンドピンの中膨れした振動は次の二つ変化を誘発しているようです。一つは僅かですがテールピンを振動させていることです。もう一つは底板の振動が、このエンドピンの振動の(てこの)支点となっているために全体として若干抑制されることです。この結果特に低音域の音では、全体的にチェロ胴体の響きの中心点が胴体の上方にシフトし、低音の豊かな響きが若干抑制されることになるようです。
演奏者は芯のある音が自分の胸に強い振動としてとらえられ、音も大きく聴こえるように感じるかもしれませんが、単に低音の響きが抑制され響きの中心点が上方にシフトしているだけではないか検証される必要があります。
チェロにエンドピンを装着して床置きした場合、さらなる影響が発生します。それはエンドピンを含めたチェロの「全身振動」です。この全身振動にも2種類あるように思われます。
一つは前項(4)のテールピンで見られたビート振動です。与えられた振動から誘発され共振する4~1ビート(66Hz以上)の振動です。(これはチェロ胴体の均質な振動との関係があるかもしれません。)
奏者は弓の毛を軽くに弦に触れる程度では芯のある十分な響きが得られないため、楽器が均質化した安定状態に達するまでの十分なエネルギーを注入する必要があるかもしれません。発音するたびに振動状態をリセットする為のエネルギーが加算して必要であることを示唆しています。
もう一つは、音としては成立しない超長周期(20Hz前後)の全身の揺れです。
おそらくこの全身振動も、奏者が演奏時、弦から抵抗を感じる原因のひとつであろうと思われます。新たな音を発生させたい場合、現在のチェロ全体の(質量に対応する)振動エネルギーをリセットさせる必要があります。そのリセットに必要なエネルギーは、かつてエンドピンを装着していなかった時代にはせいぜい、弦・表板・テールピース(・あるいはネック・・)程度で良かったものが、現在ではエンドピンを含めたチェロの全質量になっていると考えることができます。
どのような音と響きがチェロにとって理想的なのか、演奏者と演奏を聴いてくれる人にゆだねられます。
モダンチェロの響きは、かつてストラディバリやモンタニャーナが設計し製作していた当時から若干そのメカニズムが変化している可能性があると言えます。
エンドピンはチェロの演奏性を改善する上で大いに貢献しています。しかし同時に副作用を持っていることも忘れてはなりません。